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研究所主幹・岡野守也のブログ

右も左も違うのではないか、『十七条憲法』理解

聖徳太子『十七条憲法』について、10月29日の衆議院本会議で自民党の稲田朋美氏が発言し、11月4日の毎日新聞に批判的な記事が掲載されていました(稲田氏の発言の動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=k0UDVczATxo)。

日本人の安定したアイデンティティを再確立するうえで『十七条憲法』は決定的に重要だ、と筆者は考えていますので、一言コメントをしておくといいと思いながら、研究所の会報誌『サングラハ』の原稿と講座の準備に追われて遅くなりました。

結論を先に言えば、きわめて残念ながら保守派もリベラルも日本の精神的伝統(遺すべき・遺るべき側面)について、私とは見方が違うということです。

私の学びえた範囲では、『十七条憲法』を含め日本の精神的伝統には遺して活かすべき部分と、歴史的記念物としてのみ遺すべき部分と、きっぱり捨て去るべき部分が混在していると思われます。

それについては「赤ん坊と汚れたタライの水の譬え」がわかりやすいかもしれません。

つまり、保守派は汚れた水と赤ん坊を一緒にタライに残しておこうとしており、リベラルは汚れた水と一緒に赤ん坊を流してしまおうとしている、ように私には見えます。

そして、どちらも適切ではないと思います。

赤ちゃんがどんなに大切でも、垢やウンチで汚れた水は捨てる必要があります。
しかし、汚れた水と一緒に肝心の赤ん坊を流してしまったのでは、すべては意味がなくなります。

では、何が赤ちゃんで何が汚れた水かが問題ですが、話が長くなりそうなので、先に以下毎日新聞の記事を転載・文字起こししておきます。

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和を以て貴し……/天皇の命令は必ず
1400年前 民主主義?

稲田朋美.自民党筆頭副幹事長が10月29日の衆院本会議で、聖徳太子=写真=の十七条憲法から「和をもって貴しとなす」を引用して「民主主義の基本は日本古来の伝統」などと主張した。しかし、1400年前の日本に民主主義という考え方はあったのか。歴史をひもとくと、矛盾が浮かび上がる。【大村健一、佐藤丈一、小国綾子】

稲田氏は安倍晋三首相の所信表明に対する各党代表質問の冒頭で次のように訴えた。「『和をもって貴しとなす』という、多様な意見の尊重と、徹底した議論による決定という民主主義の基本は、我が国古来の伝統であり、敗戦後に連合国から教えられたものではありません」
しかし、保立道久・元東京大史料編纂所所長(名誉教授)によれば、民主主義が世界で曲がりなりにも現実化したのは「20世紀の普通選挙の実施以降」という。「民主主義とは、平等で自由な個人が出自や職業などの相違を超えて宗教・思想などを含むすべての尊厳と自由を行使すること。前近代の世界に存在しなかったことは言うまでもありません」
十七条憲法に国民主権や基本的人権の保障の規定はない。1条の「和をもって……」の後3条には「詔を承りては必ず謹め」(天皇の命令は必ず謹んで従うこと)と、民主主義とは椙いれない表現がある。
8条には「役人は朝早く役所に出勤し、夕方は遅く退出せよ」、16条には「人民を使役するには時期を選ぶように」との趣旨の規定もある。
東野治之・奈良大、大阪大名誉教授(日本古代史)によると、十七条憲法は「冠位十二階」と密接に関連しているという。同憲法ができる前年の603(推古11)年に創設された冠位十二階は、朝廷の役人たちを働きぶりで評価し、冠の色で識別する制度。憲法は役人の心構えを示し、勤務を励ます意味があつたと解釈できるという。
東野氏は「1条は朝廷で『和を尊ぶ』と理解できる。全体を見れば分かるが、庶民に向けた内容ではなく、現在の民主主義と結びつけるのは妥当ではない」と話す。
江戸の商人や町人の美徳として語られる「江戸しぐさ」が、実は1980年代の創作だったことを明らかにした在野の歴史研究家、原田実さんは「稲田議員の主張は、今の保守層が『江戸しぐさ』を例にして、現代的なマナーや思いやりが『実は日本に昔から…あった』と主張したがるのとそっくり」と指摘する。「聖徳太子に民主主義の基本を求めるのは、これまでにないほどずさんな意見だと思う。『昔からあった』と主張するよりも、むしろ今の民主主義を誇れるものにすればいいでしょうに」

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さて、どうコメントしようかと考えているうちに、2013年『ファム・ポリティク』という雑誌に掲載していただいた原稿に言いたいことをほぼすべて書いてあることを思い出したので、以下、現時点でのわずかな修正・追補を加えて、再掲することにしました。

「日本という国について」

混迷する日本

今、日本には、経済、財政、福祉、環境などの各分野で問題が山積しており、そのどれを取っても対症治療的に対処して短期間で解決のめどがつくとは思えない。

では、中長期にわたって、どう対応すれば真に解決の方向に向かえるのか、何を目指せばいいのか、与党にも野党にも方向指示のできる理念とビジョンはないように思える。
そういう意味で日本のリーダーたちは方向性を見失っている、と私には見える(もちろん、ご当人たちは見失っているとは思っていないのだろうが)。
そういう意味で日本という国は、混迷のただなかにあるのではないだろうか。

そうしたなかで、そもそも日本という「国」は何を目指してきたのか、原点あるいは出発点と到達目標、そういう意味での「国家理想」はどこにあったのかを見なおしてみたい。

未来のために過去を振り返る

その場合、筆者は、予め伝統というだけで価値があると信じがちな保守派・右の姿勢も、逆に伝統であればすべて否定しがちな進歩派・左の姿勢も採らない。

そうではなく、伝統のなかにほんとうに未来に向かって引き継ぐべき普遍的に価値あるものがあるのかないのかを確かめ、あるのならば意識的に引き継ぐという姿勢を採っている。
モットー風に表現すれば、「未来に向かうために過去を振り返る」という姿勢である。

与えられた頁数が少ないので、本稿では確かめてきた作業について述べることは省略し、確かめた結果について、以下できるだけ簡潔に述べたいと思う。

日本初の憲法

「日本」という国名が決まり、日本という「国」が確立したのは、ほぼ天武天皇の時代だと考えてまちがいないだろう。

そして注目しておくべきなのは、まさにこの時代に、中国にならって正式の国史である『古事記』と『日本書紀』が撰述されていることである。

好むと好まざるとにかかわらず、つまり自分の立場が右であろうと左であろうと、この二つの文献はまちがいなく日本の初と二番目の「国史」である(*より厳密に言えば、『日本書紀』が『六国史』という官製・正式の国史の一番目である)。

さらに注目しておくべきことは、この二書はどちらも天武天皇の意思によって編纂されたことである。
天武は、すでに『古事記』が出来ていたにもかかわらず『日本書紀』を編纂させたのである。
それは、天武が国史として『古事記』だけでは不十分だと考えたことの状況証拠だと見てまちがいないだろう。

では、天武以下、持統、文武、元正、元明――および特にいわば最終的な編集長としての藤原不比等――が、『古事記』に不足していると思い『日本書紀』で補足したものは、いったい何だったのか。

論証の細部をすべて省いて私見を述べれば、もっとも重要な補足は、日本という国の理想のリーダー像としての「聖徳太子」(これはいうまでもなく後の時代に贈られた尊称で在世当時は厩戸皇子と呼ばれている)と、日本の国家理想としての『十七条憲法』だったのではないだろうか。

『古事記』では、厩戸皇子は名前が記されているだけで、その伝記的物語や『十七条憲法』は採録されていない。
それに対し『日本書紀』では、全体の叙述とのバランスからいえば異例といっていいくらい詳しく聖徳太子の事績が語られ、『十七条憲法』は全文採録されている。
それは偶然ではなく、編纂を命じた天武と編集責任者の不比等の合意に基づく意図的なものであった、と考えるのが自然だろう。

ここで一言コメントをしておくと、筆者は今日本史の学界では聖徳太子不在説が盛んであり、さらに『日本書紀』全体が天武というより不比等の意図によるほとんど全面的な創作であるという説があることも承知している。

しかしそうした説の当否にかかわらず、筆者にとって――おそらく日本人全体にとっても――重要なことは『日本書紀』は日本の最初の正式な国史であり、しかも『古事記』にない事績が採録されており、その中に『十七条憲法』全文が含まれているということである。

『憲法』とは、司馬遼太郎風に言えば「国のかたち」である。「この国はこうであるべきだ」「この国をこうしたい」という「国家理想」が明快に言語化されているものである。

筆者を含め戦後教育を受けた世代は、「憲法」と聞くと現行の『日本国憲法』を思い浮かべ、あるいはそれに加えて否定・批判の対象として明治憲法・『大日本帝国憲法』を思い出すだろう。

しかし、日本の最初の「憲法」はそのどちらでもなく『十七条憲法』なのである。
もう一度言うが、好むと好まざるとにかかわらず、である。

明治憲法は、欧米先進諸国がすべて自らの国のかたちを明らかにした Constitution をもっているのに対し、日本にはそれがないことは恥だと考え、主に伊藤博文が苦心を重ねてようやく編んだものであることはいうまでもない。
その時、Constitution をどう日本語に訳すか、伊藤が考え抜いて選んだ言葉が『十七条憲法』に由来する「憲法」だったという。

そういう意味でも、初めて「国」のかたちを明文化したという意味でも、『十七条憲法』はまぎれもなく日本初の「憲法」つまり国家理想なのである。

だとして、こういうことにはならないだろうか。

初めての憲法が優れているかいないかは、その国が少なくともスタートにおいて優れていたかどうかの決定的な基準になる。
初の憲法がくだらない国は初めからくだらない国であり、初の憲法が優れていた国は少なくともスタート時点においては優れていた国であると言える、と。

そしてとても幸いなことに、『十七条憲法』にはきわめて優れた国家理想が述べられている、と私は理解している……というか、ある時期から理解するようになった。

和という国家理想

それは、あまりにもそこだけが有名な冒頭の「和を以って貴しとなせ」(「なす」ではなく「なせ」と命令形に読み下すほうがいい)という句の「和」の意味するものが、人間と人間との平和はもちろん、実はさらに人間と自然との調和をも目指す、きわめて普遍的で、そのまま現代にも通用する、現代にこそ必要な、すばらしい国家理想の宣言であることに気づいたからである。

右と左の偏見を排して、十七条全体を流れに沿って素直によく読むと、そう読める。(詳細は拙著『聖徳太子『十七条憲法』を読む』大法輪閣、参照)

まず、気づけば、「平和を希求」してきたのは『日本国憲法』だけでなく『十七条憲法』が先だった。
しかも千四百年あまりも前に、『十七条憲法』は冒頭・第一条で「日本という国が最優先的に目指すのは平和である」と高々と宣言していたのである。
そして、その平和は、国内はもちろん国際的視野における平和をも意味していた。

加えて、現代的に表現するならば人間と自然が調和した「エコロジカルに持続可能な国家」をこそ、日本は目指さなければならないと、時代を超えて普遍的な到達目標の実現を呼び掛けていたのである。

「和」という理想を現代的に言いかえれば、「協力・協調原理」である。
「協力・協調原理によって、国内外において平和で、エコロジカルに持続可能な国家を!」という理念・理想は、今、世界のすべての国が追求すべき国際社会の最優先課題を示している。
そういう意味で、まったく古びていない、どころか、今こそ再確認して私たちが全力を挙げて実現すべき到達目標なのではないだろうか。

私たちの日本という「国」は、そういう非常に高い国家理想を掲げて出発した国なのだ。
そして、そういう高い理想をもったトップリーダーがいた国なのである(一歩譲って「という物語のある国なのだ」と言ってもいい)。
そのことに関しては、歴史的なアイデンティティとして、私たちは権利を持って誇っていいのではないだろうか。

もちろん、聖徳太子以後千四百年あまり、日本人がその国家理想を実現できたかどうかについては、ある程度実現できた時代もあれば失敗した時代もあり、特に残念ながら近代については大きな失敗をした時代だと評価せざるをえない。

しかし、それは国家理想の実現を誤ったということであって、国家理想そのものが誤っていたということではない。

戦後アメリカの日本人の精神性を根本から変えようという政策のせいもあって、私たちはその二つの違いを混同させられて・してしまったのではないだろうか(拙著『コスモロジーの創造』法蔵館、参照)。

「和」という国家理想は、今こそ再発見し、再度目指すべき価値のある日本という「国」の原点でもあり到達目標ではないか、と筆者は考えている。

だが、左寄りの『十七条憲法』=天皇絶対主義のバイブルという先入見からすれば、「そんなものは支配者と人民の本質的対立関係をごまかすための虚偽意識(イデオロギー)・綺麗事にすぎない」と思えるかもしれない。

『十七条憲法』の民主性

しかし、多くの誤解とは異なり、『十七条憲法』には、古代にあっては限りなく「民主主義」に近い発想がある。

第一条では「上も下も和らいで睦まじく、問題を話し合えるなら」と、結論に当たる第十七条では、「そもそも事は独断で決めるべきではない。かならず、皆と一緒に議論すべきである」と述べられている(現代語訳はすべて筆者)。
一貫して合議制が主張され、トップの独断・独裁は念入りに最初と最後で否定されているのである。

さらに、例えば典型的には第三条、特に冒頭の「詔を受けては必ず謹め」という言葉は、従来左右どちらの陣営からも天皇の命令への絶対服従を要求するものと理解されてきたが、よく読んでみると、どうも違うのである。

そうではなく、ここで語られているのは聖徳太子の世界観(コスモロジー)とそれに基づく統治論である。
「君は天のようであり、臣民は地のようである。天は覆い、地は載せるものである」と、天地を比喩として天皇と豪族・官僚の役割が語られている。

そこで問題は、天は何を覆い、地は何を載せるのか、ということだが、それに続く「四季が順調に移り行くことによって、万物の生気が通じることができる」という句を素直に読むと、天が蓋い、地が載せるのは、「民」さらには「万物の生気」である。
つまり、君主の役割は天のように人民さらにはすべての生き物がよく生きられるよう覆うこと=庇護することにあり、官僚・豪族の役割は地のように人民やすべての生き物を載せること=背負いサポートすることにあるという。
真のエリートの存在理由は、人々と全生命とがいつも・いつまでも生き生きと幸せに暮らせる持続可能な国を創ることにある。

そうしたそれぞれの役割を知らず、君主の座を権力・利権の座と誤解してそれを狙い、「地が天を覆うようなことをする時は」、国中が「破壊に到るのである」と。

こう読むと、以下の「こういうわけで、君が命じたなら臣民は承る。上が行なう時には下はそれに従うのである。それゆえ、詔を受けたならばかならず謹んで受けよ。謹んで受けなければ、おのずから事は失敗するだろう」という言葉も、人民を庇護するために下した詔つまり第一条の「和の国日本の建設という重大事項」に忠実に従うことを求めているのであって、無条件な独裁者への絶対服従・盲従を求めているのではないことがわかる。

詳述できないのは残念だが、その他、憲法のいたるところに「百姓」や「民」への思いが語られていて、第十四条の終わりには「それ賢聖を得ずば、何を以ってか国を治めん」とある。
「仁愛・愛民」を志とした「賢者(仏教的には菩薩)」による「民のための政治」が、聖徳太子の理想だったのだと思われる。

もちろん、民主主義的代議制政治という制度も思想もない時代だから、リーダーは民によって選ばれるものではなかった。
「人民の、人民による、人民のための政治」は、古代日本にあっては想像することさえ不可能だったろう。
そうしたなかで、血、伝統、武力で決まった身分はやむをえない前提としたうえで、しかしそうした豪族たちが民のための賢者・菩薩的なリーダーになることを太子は望んだのである。

聖徳太子とその憲法に、時代的な制約や限界があることは言うまでもない。
しかし、それは「和」や生きとし生けるものすべてのために働くことを自らの志とする菩薩的リーダーという理想の価値を少しも減ずるものではない。

それは民主主義をどう考えるかということにもなるが、筆者は、まず何よりも「民のための」が優先事項だと考える。
「民の」「民による」ものであることが望ましいのは言うまでもないが、愚かな民が支持した愚かな民出身の愚かな支配者による民のためにならない政治(例えばヒトラー、例えばスターリン)よりも、賢者・エリートによる民のための政治(例えば上杉鷹山)のほうが、はるかに民主性があると言えるのではないだろうか。

古代日本と異なり日本にはすでに形式としては「民の、民による」という制度はある。
今日本に決定的に不足しているのは、中長期本当に「民のため」になる方向に向いた理念・志・展望をもった真のエリート・リーダーではないのだろうか。

競争原理から協力原理へ

すでに読者には気づいている方も多いかもしれないが、改めて注意を喚起しておく価値があるのは、冒頭にあげたような現代日本が抱えているいろいろな問題は、個々別々に発生しているのではなく、社会システムの欠陥が生み出している一連のシステマティックにつながりあった問題群だということである。

戦後日本が採用してきた資本主義とりわけ近年の新自由主義的な資本主義は、競争を原理とする社会システムである。
「競争原理」といえばいくらかスマートに聞こえるし、「努力した人が報われるのは当然だ」という言い方をすれば、一見当然に思えるが、実はそれは煎じつめれば「勝った者が生き残り、負けた者は死に絶える。それは当然のことだ」というきわめて野蛮な原理だったのである。

それでも、一九七〇年代以降、高度経済成長―好景気を続けることのできた九〇年代までは、「パイが大きければ、取り分に差はあっても、全員満腹にはなる」という原理で、「一億総中流」という気分を生み出すことができた。そして、一億総中流という気分のなかで、日本はすでに十分福祉国家であるかのように見え、競争と不公平はかえって社会を活性化するものであるかのように見えた。

しかしバブルの崩壊と失われた十年という長い不況の後、規制緩和、「官から民へ」(実は「公から私へ」のすり替えにすぎない)、雇用の流動化などなどの新自由主義的政策の推進によって、ようやく大企業と富裕層のみには景気回復が訪れはじめたかに見えたが、恩恵は国民全体に届かないまま、リーマン・ショック、ドバイ・ショックと続いた金融恐慌によって、日本はふたたび先の見えない長い長い不況時代に突入した。

その後、ようやく大企業のみの当面の景気回復はしてきたが、国民全体の生活の質・幸福度が回復してきたようには思えない。

競争原理の社会は、それでも好況の間は「余りを恵む」といった発想の福祉を行なわないこともなかったが、いったん不況になると財政がひっ迫し、理の当然ながら弱者・敗者を切り捨てる「格差社会」=非福祉社会になった。
景気回復後も格差は縮まらずさらに広がるばかりなのではないだろうか。

非福祉社会は、これまた理の当然ながら、少子高齢化、育児、教育、非行、引きこもりなどの心の病、自殺、介護、年金、医療、地域の疲弊、限界集落……に十分な対応はしない・できない。
さらに財政がひっ迫すれば、「人間(経済と最低限の福祉)のことだけで手一杯で環境どころではない」と考えはじめるだろう。

しかし中長期で考えれば明らかなように、エコロジカルに持続可能でない社会はまさに持続可能ではなく必ず崩壊するのである。
「どころではない」といって済ませるような問題ではないのだ。
かといって、環境のために当面の福祉を大幅削減することは困難である。環境のためにも福祉のためにも、豊かな財政が必要である。豊かな財政のためには豊かな税収が必要であり、豊かな税収のためには豊かな経済が必要である。

だとすれば、今、日本という国に必要なのは、協力原理に基づいて経済と財政と福祉と環境が好循環‐相互促進するような社会システムを構想することなのではないだろうか。
そしてそれは可能である、と私たち(「持続可能な国づくりを考える会」)は考えている(ブックレット『持続可能な国づくりの会――理念とビジョン――』参照)。

そのためになによりもまず必要なことは、社会の原理を競争原理から協力原理へと根本的に変革することである(ただしその場合、経済分野のみ活性化に役立つ範囲で競争原理を許容し、社会総体は協力原理で行なう)。

そして繰り返せば、幸いかつ不思議なことに、私たちの国日本は、飛鳥から奈良にかけて国のかたちが明らかになる段階で「和」という国家理想を掲げた国なのである。
つまり協力原理、協力してすべての人・すべての生き物が生き生きと生きられる国を創り上げることこそ、日本という「国」の出発点でもあり到達目標でもあったのである。

『十七条憲法』にもある言葉だが、日本ではもともと「国・国家」は同時に「公(おおやけ)・大きな家」であった。国家とは民たちが協力しあって共に生きる大きな家・国民の家であるべきだったのである。

以上述べたような意味で、だから、今私たちは、自分たちの原点を再発見してそこに帰ることができるし、帰らなければならないのだ、と筆者は考えている(拙著『日本再生の指針――聖徳太子『十七条憲法』と緑の福祉国家』太陽出版、参照)。

(もっと掘り下げたもっと長い話に関心を持っていただける方は、ぜひ来年2月からの東京日曜講座にお出かけください。)

2018/11/28

足の痛み・しびれは心配ありません:禅定の話(増補再録)

 もう十年以上前に書いた「足の痛み・しびれは心配ありません:禅定の話2」という記事が今でも毎日かなりの数読まれています。

 それどころか、特に9月9日には8千人以上の方が読んでくださいました。

 それは、坐禅・瞑想をやってみたいが、足の痛み・しびれが心配でなかなか踏み出せないという方、思い切ってやってみたがやっぱり辛くて続けられなかったという方が、驚くほど多いということなのかと思われます。

 そこで、そういう方々のために、過去の記事を増補改訂して再録しておくことにしました。参考にしていただければ幸いです。

 坐禅・瞑想は、覚りというレベルまで目指さなくても、ストレスを緩和する効果がとても高いことからしても、それはもったいないことだと思い、筆者は、なるべく痛い思いをしないですむよう、柔軟体操付の坐禅の指導をしてきました。

 さらに、最近では、マインドフルネス瞑想の効果の科学的研究により、ストレス緩和という目的には、両足を組むいわゆる結跏趺坐は必ずしも不可欠でなく、呼吸法がポイントであることが明らかになったようなので、イスでできるやさしい呼吸法・瞑想法=イス坐禅もお伝えすることにしています。
 足の痛みやしびれがやっぱり心配だという方は、ここからスタートしていただけると、楽に入門できると思います。

 もちろん、本格的になってきたら結跏趺坐の坐禅を身に付けていただくのが望ましいと思いますが。

 私は、四十五年以上前に、臨済宗系の秋月龍珉(あきづきりょうみん)先生の道場で坐禅を教わりました。

 他にいろいろな瞑想法があることは、いろいろな文献で学んできましたし、試しにやってみたこともありますが、自分にはこれがいちばん合っていると感じてきました。
 ただ最近は、先にも書いたとおり、試してみてマインドフルネス瞑想法も悪くないと感じていますが。

 ともかく、私がこれまでお伝えしてきたのは、臨済禅系の「坐禅」というかたちの禅定・瞑想です。

 まず「調身」といって体の姿勢を調えるのですが、ご存知のように、坐禅では、左右の足を組む「結跏趺坐(けっかふざ)」というかたちを取ります。

 これはもともと、足をしびれさせて我慢会をさせ、根性を養うためにするのではありません。

 両ひざとお尻の下にしいた座蒲(ざふ)で長さを足した尾てい骨の3点で、ちょうどカメラの三脚のような安定した状態を作るためにするのです。

 これは、脚が長くて痩せている人の多いインド人にとって、静かに長く坐っているためにはいちばん楽な姿勢だと言われています。

 確かに比較的脚の短めの日本人が、足首、膝、股関節やその周辺の筋肉がこちこちに硬いままで、最初から無理にこんな姿勢をすると痛い目にあいます。
 最近は、脚が長い若い世代も多くなりましたが、筋肉・関節が硬いままだと、やはりかなり痛みはあるでしょう。

 かつては、社員研修などで無理やりに坐禅をさせられて、足のしびれと痛みですっかり懲りて、坐禅なんか二度としたくないと思ってしまう人が多かったようで、残念なことでした。

 しかし、ちゃんと準備の柔軟体操をして筋肉・関節を柔らかくしてからすると、それほどひどいことにはなりませんし、慣れてくると体を安定した姿勢にして心を安定させるという目的のためにはやはり結跏趺坐がいちばんふさわしいと感じるようになります。

 最近は、柔軟体操から指導する禅道場もあるようですし、イス坐禅を指導している若い僧侶の方もおられるようですし、私の講座では、必ず柔軟体操をしてから坐っています。

 これまで、このブログの唯識‐仏教の記事を読んできて、人間の根本問題を解決するには、やはりアーラヤ識、マナ識という無意識の領域まで含めた心全体の浄化が必要だと感じた方、少なくとも私のところでは、「足がしびれて痛くてひどい目にあうのではないか」という心配はありません。

 それに、人間の体はとても柔軟に適応できるように出来ていて、坐禅の結跏趺坐や茶道の正座のようなふだんしない坐り方もしばらく続けていると、脚の血管にバイパスが作られてちゃんと血液が流れるようになり、しびれは問題なくなると言われています。
 慣れるまで、つまりバイパスが出来るまで、ほんのしばらくの辛抱です。

 思い切ってがんばって、坐禅に取り組んでみませんか。あるいは、やさしいイスでできる瞑想・イス坐禅からでも始めてみませんか。

 どんなに効果の高いトレーニング・メニューがあっても、それを読んでいるだけでは、レベル・アップはしません。

 どんな特効薬の効能書きがあっても、読んでいるだけでは治りません。

 まちがえないでいただけるとうれしいのですが、仏教の話・知識は薬の効能書きのようなものだと筆者は考えています。

 読んだだけでも、ほっとするという安心効果があるのですから、それではダメだとは思いませんが、それだけではもったいないと思うのです。

 薬やリハビリ・メニューにあたる実際の効果をもたらすのは、六波羅蜜です。

 私は、まわりの若い人によく「飲まない薬は効きません」と言ったものです。

 「飲まない薬が効かなくて、病気がよくならないのは、ぼくの責任じゃないよね?」と。

 これは別に意地悪を言っているわけではないと思いますが、どう思われますか?

 因みに、過去記事のコメントで、お釈迦さまも『遺教経』で「服すと服せざるとは医の咎(とが)に非ず」(飲むか飲まないかは医者の責任ではない)と言っておられることを教えていただきました。

 もっとも最近は、よりポジティブかつやさしく、「飲んだら、よくなりますよ」と言うようにしています。
2018/10/12

『サングラハ』第161号が出来ました!

  会報誌『サングラハ』第161号が出来ました。

 本日発送しましたので、読者のみなさん、少しお待ちください。

 今号も執筆者のみなさんの力作の原稿が揃いました。

 特にコスモロジー教育の小学校での実践報告、子どもたちの感想がなかなか感動的です。

 筆者の「『唯識三十頌』を学ぶ」は、唯識を初歩から学びたい方のための連載です。まだ第2回ですから、前号の第1回と合わせて読んでいただければ、唯識の学びのスタートが切れるので、お勧めします。

 関心を持ってくださるブログ読者のみなさん、よろしければ、さらに踏み込んで本誌もお読みになりませんか。


  目 次

 ■ 近況と所感……………………………………………………… 2

 ■『唯識三十頌』を学ぶ(2)……………………………岡野守也… 6

 ■ 唯識と論理療法を融合的に学ぶ(11)………………… 〃…… 16

 ■ 新・ゴータマ・ブッダのことば(13)……………………羽矢辰夫…34

 ■ 近代、アメリカ、日本三つの未完のプロジェクト(1)…増田満… 36

 ■ 実践報告:合唱曲「COSMOS」の詞より(2)……松原弘和…… 42

 ■ 講座・研究所案内…………………………………………………46

 ■ 私の名詩選(60)万葉集の月の歌…………………………………48


 お問い合わせは、samgraha*smgrh.gr.jp(*を@に換えてください) へどうぞ。
2018/09/29

不安から安心への移行

 繰り返すと、当研究所の講座プログラムは、「正しく適度な心配はするが過剰な不安に囚われず、やれることをやって、後は宇宙に任せる(受容)ことのできる心」を育み、危機の時代を生き抜く心備えを確立することを目指しています。

 不安に対処する3つの方法のうち③の「正しく考える」方法としては、論理療法、ロゴセラピー、ポジティブシンキングなど、「大きく正しく考える」方法としてマルクス・アウレーリウスなどのトア哲学、そして唯識ー仏教心理学、さらにそれらを融合したコスモロジー心理学などのプログラムを提供しています。

 こうした方法を適切に組み合わせながら、繰り返し持続的に実行すると、「不安を感じていない時間」が多くなることは確実ですし、究極の理想的モデルとしては、不安も含め悩みが一切ない大安心(だいあんじん)・涅槃・ニルヴァーナの境地に到達できることになっています。

 不安から大安心までは、白黒ではなくいわばグラデーションですが、ともかく瞑想を核とした総合的プログラムに参加していただくことでストレス・不安から安心への大幅な移行が起こることは、参加者の方々へのアンケート調査からも明らかです(まだ第三者による科学的エビデンスがないので、自己宣伝っぽくなるのが残念ですが)。

 実際に体験していただくことに優るものはないのですが(「百聞は一見に如かず」!)、なかなか時間が取れない、おっくうだ、ためらいがある…といった方のためにも、参加していただいた方の反復学習用にも、今後ともできる範囲で公開していきたいと思っていますので、読んで参考にしていただけると幸いです。


*東京土曜講座の「不安の時代の心理学――なぜいまコスモロジー心理学か」は、次回、10月6日の第2回のみの参加も可能です。前回の簡単な復習――シンプルで楽な瞑想を含む――をして先に進みますから、この回のみご参加いただいても、十分、多くのヒントを得ていただけると思います。
2018/09/25

瞑想はストレス・不安を緩和する

 最近、アメリカでは、「マインドフルネス瞑想法」が大流行しているようです。

 いまやグーグル、アップル、ヤフー、メルカリ、ゴールドマン・サックス、サンサン、ゼネラル・ミルズ、メドトロニック、エトナなどなど、もっと、多数の優良企業が社員教育に採り入れているというのは、驚きです。

 しかし、日本にとってマインドフルネスはいわば仏教の瞑想法の逆輸入物で、それは以下のとおり創始者のジョン・カバットジン氏もはっきり認めているとおりです。

 「『マインドフルネス瞑想法』というのは、“今”という瞬間に完全に注意を集中するという方法です。これは、仏教における瞑想の中核といわれており、禅宗を初めとして、そのほかの仏教宗派でも非常に重んじられているものです。しかし、仏陀も強調しているように、『マインドフルネス瞑想法』は、仏教と以外の人が普通の生活に広く応用できる普遍性を備えているものです。私は、多くのアメリカ人が、新しい生活や新しい生き方をめざし、この古くから実践されてきた『マインドフルネス瞑想法』をとり入れ、それが肉体的にも精神的にもたいへん役だっていることを、日本の方々にも是非お知らせしておきたいと思います。」(春木豊訳『マインドフルネス ストレス低減法』「日本の読者のみなさんへ」ⅵ、北大路書房)

 とはいっても、もちろん伝統的なかたちそのままではなく、「マインドフルネスストレス低減法は、東洋思想や技法をベースにしているのであるが、それをカバットジンはプログラム化して分かりやすくしていることである」と訳者の春木先生は言っておられます(同書ⅲ)

 筆者が学んでいる範囲で言うと、

 ①仏教の特定宗派の教義は説かず、心を調えるうえで妥当・有効な洞察だけを採り入れている、
 ②結跏趺坐にこだわらず、より楽な坐り方やイスでもできるように工夫している、
 ③体のリラックス法としてヨーガもそうとうに採り入れている、
 ④それらの全体がプログラム化されており、その臨床効果が医学的・科学的に検討―確認されてきている、

といったところが大きな特徴だと思われます。

 中でも、たくみなプログラム化と臨床効果の科学的実証については、長年いわば本家の禅のかたちで実践してきた筆者も脱帽です。

 それから、臨床効果の科学的なエビデンスを学んだ結果、坐禅・瞑想の姿勢は「結跏趺坐でなければならない」という一種の原理主義を、少なくともストレス緩和の方法という点に関しては大幅にゆるめることにしました。

 そこで、すでに研究所の講座では、かなりゆるやかにやっていただくようご指導してきましたが、結跏趺坐や半跏趺坐でも足の痛み・しびれでつらい方には、より楽な坐り方やイスでもできる瞑想法として、より積極的に「マインドフルネス的瞑想法」――こちらがいわば本家なわけですが「マインドフルネス瞑想法」としてまとめ上げたのはカバットジン氏ですから、敬意を表して少し呼び方を変えることにしました――も使っていこうと思っています。

 いずれにせよ、坐禅、マインドフルネス瞑想法、ヨーガの瞑想法、ヴィパッサナー瞑想法、チベット仏教の瞑想法などの瞑想どれもが、ストレス・不安の緩和に顕著な効果があることは、もう議論の余地はないようです。

 あと、ストレス・不安の緩和法としてどれを選択するかは、自分との相性の問題なのかもしれません。
2018/09/24

考えなければ不安はない

 考えるのなら、腰を据えて考え抜く。

 いい考えが浮かばないのなら、一度徹底的に頭を空っぽにしてみる。

 考えなければ、ストレスは感じない、不安にも鬱にもならない。

 俗な言い方をすれば、「バカは悩まない」のである。「バカはへこたれない」「バカほど打たれ強い」。

 では、いったん意図的にバカになってしまってはどうだろう。 


 以下の『大般若経』(初分教誡教授品第七之二十六)の言葉も、とても格調の高い言い方をしているが、要するにそういうことを言っているのだと思われる。

 スブーティよ、覚りを求める者・志の大きな者が智慧を完成する行を修行する時には、すべてのことについて認識しないようにする(何も考えない)。すべてのことについて認識しない時には、その心は衝撃を受けるとか恐怖を感じるとか不安におののくといったことはない。すべてのことにかかわって心が沈み込んでしまうことも、またくよくよと鬱になることもない。

 善現、是の如く菩薩摩訶薩、般若波羅蜜多を修行する時、一切法に於て都(すべ)て見る所無し。一切法に於て見る所無き時、其の心驚かず恐れず怖(おのの)かず。一切法に於て心沈没(ちんもつ)せず亦た憂悔(うげ)せず。
2018/09/23

倫理性の崩壊が深刻化していると思う

 かつて、日本人の精神性の崩壊について書きました 1) 2) 3) 4) 5)。

 精神性・倫理性の崩壊はますます進んでいる・きわめて深刻化していると思わざるをえないことがまた起きました。

 文部科学省の次官他の汚職―辞任の事件です。

 「毎日のニュースを見聞きしていると、日本の上に立つ人たちの多くが、品性のないことをするだけでなく、法律を犯しているという事件がしきりに起こっています。昨日の新聞記事もそうでした。/これでは、「十七条憲法」の精神と真っ逆さま、あまりにも美しくない国ではありませんか。」と書いたのは2007年1月でした。

 またかと言えばまたかですが、文部科学省の次官他というのが、深刻化していると思わされます。

 彼らこそ、日本の子どもたちに倫理を教えるための規準と模範を示すもっとも責任ある立場にある大人たちだったはずです。

 こういう事件を見聞きしていると、日本人の倫理性が、頂上から麓まで崩壊しつつあるのではないか、と深く憂慮せざるをえません。

 改めて、聖徳太子『十七条憲法』、特に第四条の精神とはみごとに真っ逆さまだと思わされます。

 「第四条 もろもろの貴族・官吏は、礼法を根本とせよ。そもそも民を治める根本は礼法にあるからである。上に礼法がなければ、下も秩序が調わない。下に礼法がなければ、かならず犯罪が起こる。こういうわけで、もろもろの官吏に礼法がある時は、社会秩序は乱れない。もろもろの民に礼法がある時は、国家はおのずから治まるのである。」

 そこに書いたコメントも再録しておきます。

 「集団の重要な地位にある人は、法を守ることは当然ですが、まずそれに先立つモラルやエチケットつまり「礼法」を守って、人間としてのいい生き方の模範を示す責任がある、というのです。

 人々を治める――これはもちろん支配・搾取・抑圧するという意味ではなく、穏やかに秩序を保って平和に幸福に暮らせるようにするという意味です――には、根本的に生き方の模範を示すことが必要なのです。

 上に立つ人が、エチケット、モラル、さらには法にまで違反するようでは、下の人々がちゃんとするはずがありません。

 上に立つ人のモラルが乱れていれば、下々は犯罪さえ犯すようになるのです。

 しかし上に立つ人が、法律遵守することは当然、それ以上に品格のある行動をして模範を示せば、人々も「ちゃんとした人間はああいうふうに生きるものなのだ」と、それに倣って秩序を守るようになる、というのです。

 そして人々がエチケットやモラルをちゃんと守るようになれば、まして法律を犯すようなことはなく、強制しなくても自然に国が平和になっていくのだ、と太子は言っています。

 まさにそのとおり、話としては当たり前の話ではないでしょうか。

 しかし、毎日のニュースを見聞きしていると、日本の上に立つ人たちの多くが、品性のないことをするだけでなく、法律を犯しているという事件がしきりに起こっています。昨日の新聞記事もそうでした。

 これでは、「十七条憲法」の精神と真っ逆さま、あまりにも美しくない国ではありませんか。

 一日も早く、第四条の当たり前の話・理念が、同時に当たり前の事・現実であるような国になってほしいものです、いや、したいものです、ぜひそうしましょう。

 そう思われませんか。」

 右傾化ではない日本人の精神性の再建・再構築(レコンストラクション)が切実に求められていると思われます。
2018/09/22

不安を感じていない時間を持つためには2

 考えなければ、悩まない。では、考えないためにはどうするか、というと……

 「覚めているけれど心が空っぽで何も考えていない」という意識状態になれるといいわけです。

 それが①を徹底したかたち、具体的には本格的な坐禅であることはいうまでもありません。

 当ブログでかつて「足の痛み・しびれは心配ありません:禅定の話 2」という記事を書きましたが、この記事は今でも多数の方に読んでいただいています。

 ちなみに、9月9日にはこの記事を中心に12404の記事を8259人が読んでくださいました。

 2005年8月20日にこのブログを始めてしばらくして、閲覧者数7千を超えてビックリしたことがありましたが、それ以来のうれしいビックリでした。

 その後も続けて、かなりの数の方が読んでくださっています。

 有難うございます。参考にしていただけて、とてもうれしいです。

 坐禅・瞑想をすると心が安らいでストレスが軽くなるのではないかという期待で、してみたいが「足の痛み・しびれが心配」で思い切ってやってみることができないという方や、始めてはみたが、やっぱり足の痛み・しびれがきつすぎて続けるのがつらい、続けられないという方が多いのでしょう。

 私の研究所の講座では、坐禅の場合も準備体操をして足の痛み・しびれが最小限になるようなご指導をしていますし、会場によって、イスでできる瞑想法もお伝えしていますので、「足の痛み・しびれが心配で」、ためらっておられる方、よろしければぜひお出かけください。

 しかし、とはいっても、心が空っぽ、さらには空(くう)というところまでいく本格的瞑想・坐禅はなかなか簡単にマスターすることは困難です。

 そこで、それよりは難易度は低いけれどもかなりの効果を期待できるのが、②にあたる数息観(呼吸を数えることに心を集中する瞑想)やマインドフルネス的瞑想(シンプルにただ呼吸を感じる瞑想)などで、こうした瞑想法もお伝えしています。

 どちらにしても、呼吸などに注意を集中できるようになると、その他の余計なことは考えない、つまり悩みを忘れている時間を作れるようになることはまちがいありません。

 もちろんどれも、それなりの練習は必要ですが、瞑想にストレス・不安の軽減の顕著な効果があること、いわばコストパフォーマンス=対労力効果は確実・十分であることは、いわゆる科学的なエビデンスによって保証されています。


*東京土曜講座の「不安の時代の心理学――なぜいまコスモロジー心理学か」は、次回、10月6日の第2回のみの参加も可能です。前回の簡単な復習――シンプルで楽な瞑想を含む――をして先に進みますから、この回のみご参加いただいても、十分、多くのヒントを得ていただけると思います。
2018/09/22

不安を感じていない時間を持つためには1

 当研究所の講座プログラムは、「正しく適度な心配はするが過剰な不安に囚われず、やれることをやって、後は宇宙に任せる(受容)ことのできる心」を育み、危機の時代を生き抜く心備えを確立することを目指しています。

  そこで、まず不安を感じていない時間を持つ方法をお伝えしていくのですが、そのためにまず大筋として以下のポイントを押さえていきます。

 ① 心を空(「から」、さらには「くう」)にする:考えない

 ② 心を何かに集中する:余計なことを考えない

 ③ 大きな心になる:大きく正しく考える

 私たちは、熟睡したり気絶したりしている時は悩んでいない。というか、悩めません。

 それは、考えていない・考えられないからです。

 逆に言えば、考えるから悩む、考えなければ悩まない、ということです。

 ですから、悩みたくなかったら、考えないこと。

 とはいっても、パスカル風にいえば「考える葦」であることを運命づけられた人間は、ふつうふだん目が覚めている時は、あれこれと考えずにはいられません。

 だとしたら、どうすればいいのでしょう。

 次回の記事をお読みください。
2018/09/21

不安への対処の3つのタイプ

 不安は、未来の危機への漠然とした想像から生まれる感情です。

 非常に不愉快な感情である不安をなくすための対処には、以下の3つのタイプが考えられるのではないでしょうか。


 ①想像・考えることをやめる:否認と気晴らし

 ②避けられないこととして受け入れる:あきらめ、受容

 ③心配し正しく認識し適切な対処法を探って行動する


  どんなに困難であっても決して対処不可能ではないことについては、否認やあきらめではなく、③の対処がもっとも合理的・適切な対処であることはいうまでもありません。

 しかし、対処にはかなりのエネルギー・意志・勇気が必要ですから、そのエネルギーをチャージするために一定の気晴らしをすることは、ある程度あっていいし、必要だとさえいえるでしょう。

 また、安易なあきらめは非合理的・不適切ですが、ほんとうに避けられない・運命的な出来事については、受容するほかありません。

 そして、受容することは、フランクル‐ロゴセラピー的にいえば「態度価値の実現」です。

 変えうることは変える、変ええないことは受容することについて、よく知られているのは、アメリカの神学者ラインホールド・二ーバー(1892–1971)の次の祈りの言葉です。

 神よ、私に、変ええないことは、それを受け容れる平静さと、変えうることは、変える勇気を与えてください。そして変えうることと変ええないことを見分ける知恵を与えてください。
 
O God, give us serenity to accept what cannot be changed, courage to change what should be changed, and wisdom to distinguish the one from the other.

*東京土曜講座の「不安の時代の心理学――なぜいまコスモロジー心理学か」は、次回、10月6日の第2回のみの参加も可能です。前回の簡単な復習をして先に進みますから、この回のみご参加いただいても、十分、多くのヒントを得ていただけると思います。
2018/09/20