園芸センターの滝桜

今日は、お隣りの奥さんが誘ってくださって、かみさんと三人で、高松空港のそばの県立の園芸センターの桜を見てきました。

 実は一昨日かみさんが誘われて行ってきて、その感想があまりにもすてきだったというので、うらやましくなり、玄関先でお隣りの奥さんに会ったとき、「私も行きたかったです」というと、「じゃあ、行きましょうか。私ももう一回見たいので」といとも気軽に引き受けてくださったのです。

 行ってみて、なんという幸運、生まれてこの方見た桜の中で1、2を争う美しさに出会えました。

 説明は、以下を見ていただくことにして、まさに「滝桜」という言葉がぴったりの滝が落ちているようなみごとな枝垂桜でした。

 目に入ってきた瞬間、その繊細・可憐でありながら、とても華やかで豪華絢爛の姿にただただ驚くばかりでした。

 木の下に立って、枝垂れた枝先から梢まで見上げたり、また視線を落としたり、右を見たり左を見たり、うっとりと見ほれて、しばらく立ち尽くしていました。

 この繊細な美しさは、ふつうの桜より花びらが独特に細くて薄いせいもあるようです。

 日本はほんとうに桜の美しい国です。

 世界でももっとも国民が安心して暮らせる国・白樺の美しい国・スウェーデンの視察旅行から帰ったすぐ後に、京都の桜を見て、それでもやっぱり日本が好きだと思ったことを思い出しました。

 この桜の美しい国を同時に国民すべてが幸せな国にしたいものです。

 

 

滝宮公園の桜

午後、晴れてとてもうららかなので、滝宮公園の桜を見に行きました。

 梅の終わった天満宮から滝宮への小道も桜が満開。

  

 綾川にかかる滝宮橋から見ると滝宮渓谷の向こう、満開の公園の桜がきれいでした。

 滝宮橋のたもと、ピンクの枝垂桜が可憐で華やかでした。橋の赤い色と合わせてとても春を感じさせる風景です。

 公園の桜もちょうど満開、花びらが数枚散っているだけでした。

 これから、散り始める週末頃がまた美しいことでしょう。

 道元禅師の「花は愛惜(あいじゃく)にちり、草は棄嫌(きけん)におふるのみなり」{花は惜しまれても散り、雑草は嫌われても生えてくる」(正法眼蔵・現成公案)という言葉を思い出す季節です。

 

庭の枝垂桜が咲き始めました

 東京集中講座が終わり、お彼岸の墓参りも終わって、帰宅すると、今年植えたばかりの枝垂桜の花が数輪咲き始めていました。  平安枝垂れという品種でまさに桜色できれいです、と植木屋さんに言われて、花を見ないで買ったので、少し不安でしたが、期待にたがわない愛らしさです。  今年も数輪は咲くと思いますよ、ということでしたが、この様子だとかなり咲いてくれそうで、とても楽しみです。 

 

滝宮天満宮の梅 3

毎朝真っ白な霜が降りる真冬並みの寒い日が続いていて、天満宮の梅はどうなっているだろう、と今日行ってみた。

 7、8分咲きで止まっているかと思ったが、寒さにも負けずすでに満開、木によっては満開を過ぎて散っていた。

 白やピンクの花びらが道にこぼれているのもなかなかの風情で、蕪村がその様子を螺鈿細工にたとえたのを思い出した。

 うどん発祥の地ということになっている滝宮のうどん会館(一番下の画像の右側の建物)のそばの畑の畝に緑が萌えはじめていた。

 霞む山並みの様子が、それでもやがて春が来ることを告げているようだった。
 

 

 

滝宮天満宮の梅 2

 梅一輪一輪程のあたたかさ
という、江戸時代の俳人服部嵐雪のよく知られた句の感じの季節になってきました。
(もっとも、梅が一輪ずつ開いてくるごとに春が近づいているのを感じる、という解釈は間違っているという説もあるようです。しかし、この解釈だからこその名句だ、と筆者は思います。)
昨日行ってみると、我が家の近くの滝宮天満宮の梅は下の写真のように六分咲き(?)という感じでした。
今日、道の駅に行く途中にまた寄ってみると、さらに開いていました(今日はカメラを持参せず。やや残念)。
ほんとうに日に日に春が近づいてきていることを感じます。
せっかくののどかな春にpm2.5 は困ったものですが。


神田神保町の古本屋街で

今朝、ホテルで目を覚ますと、土日連続の集中講義をした後のわりには元気だったので、帰りの新幹線に乗る前の時間、少しだけ神田の古本屋街に行くことにした。

若い頃のように一日中歩く体力も時間もないのがちょっと残念なのだが、ともかく行くと思いがけない本との出会いがあったりして楽しい。

これまですでに買い溜めた本の量を冷静に考えると、健康でかなり長生きができたとしても、残りの人生で全部読むことは物理的に不可能なので、もうあまり買わないようにしようと思っている……が、行くと少しは買ってしまう。

今日は、荷物も重いのでぐっとこらえて、A・ヴィディヤーランカール『ギーター・サール』(東方出版)1冊にとどめた。

買うのはそれだけにして、いろいろ見てまわりながら、あれも読みたい、これも欲しいと心がさわさわ動いて楽しかった。

古本のウィンドー・ショッピングである。

だが、驚いたのは、ある店の前に、岩波の『西田幾多郎全集』が6000円、河出の『ドストエフスキー全集』が6500円という貼り紙があったことだ。

一瞬、60000円、65000円の見間違いではないかと、しっかり見直したが、やはりそう表示してあった。

貼り紙だけで現物を見ていないから、本がよほどひどい状態なのかもしれない。

しかしそれにしても……この二人の全集がこの値段とは。

これは、今どき西田哲学やドストエフスキーの思想に取り組もうという読者、特に新しい・若い読者がほとんどいないということを意味しているのだと思った。

自分は貧乏学生で、当時、どちらの全集もとても欲しかったにもかかわらず高すぎて手が届かず、行く度に指をくわえて棚を見たものだ。

その悔しさ・恨みがずっと残っていて、一人前の収入が得られるようになってから、ここで恨みを晴らしてやるといった気分でぱっと買い揃えたことを思うと――そういう同世代の元貧乏学生がたくさんいたに違いない――何と時代は変わってしまったのだろう。

昔に比べるとてもすっきりと都会的にキレイになった明治大学の通りを御茶ノ水に向って登っていきながら、これは、どう考えても、とんでもなくまずい方向に変わっているのではないか、と私には思えた……が、どうなのだろうか。

冬の散策

 

我が家の東側は、元は家が建っていたのだが住んでいた方が亡くなってから壊されたそうで、空き地になっている。

二十メートルくらいだろうか、山茶花の生垣がそのまま残っており、冬に入ってからずっと咲いていて、とても美しい。

おなじ種類の花でも、花のかたちが微妙に違っていて、さほどでないのときれいなのとがあるが、お隣りの山茶花は花びらが薄めでとても可憐である。

隣家の花が美しいというのは、とても有り難いことだ。

 

 

山茶花の生垣の脇の小道を通って散策に出ると、家の近所の田んぼは冬景色である。

少しさみしいが、まさにわび・さびの感じがあって嫌いではない。

 

 

道端の野仏も、寒々としていてしかも風情がある。

 

 

枯れた畦道を通って、町の名前の元になっている綾川の辺りまで歩いた。

綾川も冬景色である。

 

 

綾川は、西行も訪れたことがあって、川の見えるところの石で昼寝し、以下のような一首を残したという言い伝えがあって石碑が建てられている。

自ら岩にせかれて諸人にもの思はする綾川の水

史実かどうかはわからないけれど、岩の多い綾川の様子をよく捉えていて、西行らしいいい歌だと私は思う。確かに、綾川の流れには、ものを思わせるところがある。

 

 

あたりはみな冬景色だが、川の近くのお宅では、もう蝋梅がみごとに満開だった。寒さのなか、それでも確実に春が近づいてきていることを感じる。

 

 

 

   

朝日も美しい

 

先日、「朝日よりも美しい夕日」という記事を書いた。

ところが、今朝、起きて窓を開けようとしたら、窓ガラスに美しい朝日の輝きが映っていた。

 

 

窓を開けて東を見ると、夕日だけでなく、やはり朝日も美しかった。

 

 

我が家の東側は空き地、南側は休耕田だが、どちらにも真っ白に霜が降りていた。

寒いけれど、美しい冬の朝である。

午前中、妻と近所の生涯学習センターに行って、「中世の讃岐武士」という郷土史の講演を聞いて、平安時代から羽床富士=堤山の近くに城を構えていた羽床氏が藤原氏の流れであり、滝宮あたりの領主であったことなどを知り、なるほどと興味深かった。

春になったら、堤山だけでなく、城跡にも行ってみよう。

どうせ住むならちゃんと土地に根を下ろそうと思っていることが、徐々に実現しつつあると感じている。

 

 

 

心おだやかな田舎ぐらし2

我が家の庭から、遮るものなしに讃岐七富士の一つである堤山(つつまやま)=羽床(はゆか)富士が見えます。

とても綺麗に咲いているお隣の畑のコスモスを前景にして撮ってみました。

ほんの10日くらい前の風景で、いつのまにかもう盛りは過ぎてしまいましたが、関東の関係者のみなさんに、こんなに美しい風景のところに住ませてもらってます(うらやましいでしょう)という遅ればせの報告です。

 

心おだやかな田舎ぐらし

研究所のHPでお知らせしただけで、このブログには書いていませんでしたが、思うところがあって、今年3月で3つの大学すべてを辞め、7月末に香川県に引っ越しました。写真のようなとてものどかなところです。

引越しの準備と片づけに時間を取られて、記事を更新できませんでしたが、ようやく片づけも目途がついて落ち着いてきましたので、そろそろ少しずつ再開しようかなと思っています。

手始めに今日は、引越しの動機の一部と重なるような漢詩を引用・紹介することにしました。

知る人ぞ知る田園詩人・陶淵明(とうえんめい)の代表作の一つです。

 

園田の居に帰る

其の一

少きより俗に適うの調べなく わかきよりぞくにかのうのしらべなく
性 本と邱山を愛せしに   せい もときゅうざんをあいせしに
誤って塵網の中に落ち    あやまってじんもうのうちにおち
一たび去りてより十三年   ひとたびさりてよりじゅうさんねん
羈の鳥は旧の林を恋い     たびのとりはもとのはやしをこい
池の魚は故の淵を思う    いけのさかなはもとのふちをおもう
荒を南野の際に開かんとし  こうをなんやのさいにひらかんとし
拙を守って園田に帰る     せつをまもってえんでんにかえる
方宅 十余畝           ほうたく じゅうよほ
草屋 八九間           そうおく はちくけん
楡柳 後簷を陰い        ゆりゅう こうえんをおおい
桃李 堂前に羅る        とうり どうぜんにつらなる
曖曖たり 遠人の村      あいあいたり えんじんのむら
依依たり 墟里の煙      いいたり きょりのけむり
狗は吠ゆ 深巷の中     いぬはほゆ しんこうのうち
鶏は鳴く 桑樹の巓      とりはなく そうじゅのいただき
戸庭 塵雑なく         こてい じんざつなく
虚室 余閒あり        きょしつ よかんあり
久しく樊籠の裏に在りしも   ひさしくはんろうのうちにありしも
復た自然に返るを得たり   またしぜんにかえるをえたり

私訳

若い時から世間に合わせられるような性格ではなく
もともと性質からして丘や山が好きだったのに
まちがえて塵だらけの(世間という)網に落ち込んでしまって
いったん(丘や山から)遠ざかって十三年も過ぎてしまった
だが、旅にある鳥がもといた林を恋しがり
池の魚がもといた淵のことを思うように
雑草が茂って荒れた南の野を開墾しようと
世渡りの下手な性格を変えることなく田園に帰ってきた
宅地は十畝あまり
草ぶきの家で部屋は八つか九つ
楡や柳が裏の軒を覆っており
桃や李が座敷の前に並んで生えている
遠くに村が霞んで見え
里の煙がなつかしい
村の路地の奥で犬が吠え
桑の木のいただきで鶏が鳴く
庭はせいせいとしていて
人のいない部屋にはゆったりと余裕がある
長い間鳥籠のようなところにいたが
もう一度のびのびとしたところに帰ってくることができた

私の場合、21年もサラリーマン生活を送り、その後もまあ社会にそこそこ適応してきたつもりなので、「少きより俗に適うの調べなく」というのはありませんが、しかし「性 本と邱山を愛せしに 誤って塵網の中に落ち」という思いはずっとあって、今、「復た自然に返るを得たり」というのが実感です。

これから、今までより少しペースは落としながら、しかしいい仕事をしたい、できるのではないか、と思っています。